語源 【切羽 (せっぱ) つまる】

窮地に追い込まれて,その窮状から脱することもできなくなり,どうしようもない状況になることを 「切羽つまる」 といいます。

これまでに,私のこの語源帳で,この 「切羽つまる」 を何度か取り上げようと試みては,なかなかうまく説明できなくて,諦めてきました。

今回,取り上げることにしたのは,うまく説明できるようになったからではありません。

相変わらず, “うまく説明できない” ことに変わりはありません。

というか,このことばを取り上げている参考図書はたくさんあるのですが,どの本を読んでも,結局は私が納得できるような説明をしているものは 1 冊もないのです。

ですから,私もあきらめて,本というものが,いかにいい加減なものかを,この 「切羽つまる」 を例にして書こうと思います。


そのためには,まずは 「切羽」 とは何のことかをはっきりさせておく必要があります。

刀は,大ざっぱに 2 分するなら,刀身 (刃の部分) と柄 (つか:手で持つ部分) に分けられます。

その刀身と柄の境いに,鍔 (つば) という円盤状あるいは楕円盤状の薄い盤があります。

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この鍔は,薄いので,それだけではしっかりと固定できず,グラグラしてしまいます。

そこで,この鍔をしっかりと固定するために,鍔の両側 (刀身側と柄側) に,やはり薄い楕円盤状の 「切羽」 という板で挟んで安定させます。

図1 の 「切羽」 は,それだけで示せば,次の図2 のようなものです。

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さて,ここで大事なことは,刀を鞘 (さや) に納めた時に,刀身側の切羽はどうなるかということです。

次の図3 は,刀の鍔の部分を真横から見たものです。鍔の右側が鞘で,鍔の左側が柄 (刀を手で握る部分) です。

鞘側の鞘の黒い部分と鍔との間にものすごく薄いのですが,白っぽくすき間があるように写っています。このわずかなすき間のような部分が,実はすき間ではなくて切羽なのです。柄側にも,同じようにものすごく薄い切羽が写っています。

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これ,大事なことですので,もう 1 枚の写真でも確認しておきます。

下の図4 も鍔の右側が鞘で,鍔の左側が柄です。

鞘の口の灰色の飾り模様が施してある部分と鍔との間のわずかに薄い白っぽい部分が切羽です。

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つまり,刀を鞘に収めたときに,刀身側の切羽は,鞘の中に入ってしまうのではなく,切羽の大きさは,鞘の外径とほぼ同じなのです。


このことを念頭において, 「切羽がつまる」 とは,刀がどういう状態になることを言うのかを知る必要があります。


ところが・・・です,参考図書によって,その 「切羽がつまる」 状態の説明がいろいろあって,しかも,どの説明も,結局どういう状態のことを言っているのか,さっぱり分からないのです。


以下に,参考図書の説明を実際に紹介します。 (それぞれ, “ ” の中が,参考図書の引用部分です)

a) “これ (切羽) が詰まって塞がると,刀の抜き差しができなくなるところからのことば”

 この説明では, “切羽が詰まって塞がる” とはどういうことなのかさっぱり分かりません。

b) “中央に刀身を貫く穴がある。この穴がつまる,つまり,物事が抜き差しならない状態になることをいう”

 この “中央に刀身を貫く穴がある” の表現がまず間違っています。ここで言っている穴というのは,図2 の写真に見られる,細長い三角状の穴のことだと思いますが,刀身が切羽の穴を貫くのであって,切羽の穴が刀身を貫くわけがありません。

 それは,まあ,おくとしても,切羽のこの細長い三角状の穴がつまるってどういうこと? です。この穴は,すでに刀身によって貫かれているのです。

c) “切羽がつまって窮屈になると,刀身を通すことができないことから,抜き差しならない窮迫した事態をいう”

 これも, “切羽がつまって窮屈になる” の “切羽がつまる” がどういうことなのか説明されていません。 “刀身を通すことができない” って・・・・,刀が出来上がった時には,刀身はすでに切羽に通されているのです。

 なんだか,刀のことがまったく分かっていない人が書いたみたいに思えます。

d) “これ (切羽) が詰まって塞がると刀身が抜けなくなり,敵を目の前にして戦おうにも身動きができなくなることからいう”

 これも, “切羽が詰まって塞がる” がどんな状態か説明がないので,なぜ “刀身が抜けなくなる” のか納得のしようがありません。

e) “刀身が切羽の穴に詰まってしまって,抜き差しできなくなるのが切羽つまる”

 もともと,刀身は切羽の穴を通してつくられているのですから,この説明も,刀のことが分からないまま書いたとしか言いようがありません。

f) “ごくまれにだが,切羽が鞘にはまってしまうことがあった。そうなったら刀は抜くに抜けない。こんなときに敵に襲われでもしたら一大事である”

 “切羽が鞘にはまってしまうことがあった” と言っていますが,図3,図4の写真で説明したように,切羽が鞘の中にはまってしまうなんてことは,ごくまれでもなんでも,ありえないことです。

g) “切羽とは,刀の鍔を指す。この部分が詰まると刀が抜けなくなって,危機的状況に陥ってしまう”

 切羽と鍔は別のものですから, “切羽とは,刀の鍔を指す” は間違いです。でも,まあ,この両者はピッタリとくっついていますから,両者は同じようなものではあります。そこを許容したとしても, “この部分が詰まる” がどういうことを言っているのか分かりません。ですから,なぜ “刀が抜けなくなる” のかも分かりません。

h) “相手が斬りかかってくる刀は切羽で受け止めることになり,受け損なったりすると命が危ない。そこから「切羽」はさし迫ったこととか,土壇場・急場という意味をもつようになった”
  “切羽つまるは,斬り合いになって,相手の刀がこの切羽にまで斬りこんでくること。そうなると生死の分かれ目の状態で,そこから,どうにも仕方ない追いつめられた状態を言うようになった”

 自分の刀と相手の刀がぶつかり合って,こすれ合って,刀を離すことができなくなると,お互いに刀が相手の刀の鍔の方へ寄ってきて,そこで押し合いになることはあります。その状態を普通は 「鍔迫り合い (つばぜりあい) 」 と言います。
 つまり,相手の刀を最終的に受け止めるところは,普通は鍔です。
 切羽は,その鍔をしっかりと固定するための部品であり,普通は切羽で相手の刀を受け止めるとは言いません。

i) “切羽がつまることによって,刀身がしっかりと動かない状態になることから,「切羽つまる」が窮地に追いつめられて,まったく身動きのできない困った状態を言うようになった”

 切羽がしっかりつまることによって,しっかりと動かない状態になるのは刀身ではなくて,鍔です。鍔がしっかりと固定されることが,窮地に追いつめられることを意味するなんていうのは滑稽です。

j) “切羽が適度につまっていると,刀身がぐらつかないようになる。しかし,いくらぐらつくからといって,あまりにも詰まりすぎていると,今度は刀を鞘から抜くことができなくなることから,窮地に追いつめられてどうしようもなくなる,身動きがとれなくて苦しい状態などを表す意味となった”

 この場合も,切羽がつまると,刀身がぐらつかないのではなく,鍔がぐらつかないのです。しかも, “あまりにも詰まりすぎていると,今度は刀を鞘から抜くことができなくなる” なんてのはわけが分かりません。刀のことを知らないで書いているとしか思えません。

k) “刀が鞘に収まっているときは,常に柄(つか)と鍔,鞘と鍔に挟まれて詰まったようになっていた。ここから身動きならないほどの窮状を「切羽つまる」と言うようになった。

 “常に柄(つか)と鍔,鞘と鍔に挟まれて詰まったようになっていた” は,図3や図4に示した通りで間違ってはいません。しかし,それは刀の構造上,当たり前のことであって,それを “身動きならないほどに窮状” に例えるなんて考えにくいことです。


・・・・ とまあ,どの本もどの本も,理解に苦しむようなことばかり書いています。

それにしても, 「切羽」 という部品は,もともと 「詰まる」 なんてことはありえない部品なのではないでしょうか。

そう考えると, 「切羽つまる」 ということばがなぜ生まれたのか不思議でなりません。

ことによると,近松門左衛門あたりが浄瑠璃の台本の中で作り出したことばなのかもしれません。

その近松門左衛門が,刀のことをよく知らないで,何か勘違いをして 「切羽つまる」 なんてことばを作ってしまったのかもしれません。

「切羽」 と 「切迫」 がなんとなく似た響きであり,また 「つまる」 と 「追いつめられる」 も響きとしては似ています。


なお,私自身も,刀のことに特に詳しいわけではありません。

上に書いたことの中に,もし私の刀についての知識不足,間違った理解からの批判がありましたら,遠慮なくコメントで指摘してください。


[追記1]  2019.09.15

「切羽つまる」 について,ある本を読んでいて,ふと,こういうことかな,と思いつきました。

刀と刀で斬り合いをしていると,相手の刀身が,こちらの刀の鍔 (つば) のところまで擦り下がってくることがあると思います。両方の刀がそういう状態になると, 「鍔 (つば) 迫り合い」 ということになり,お互いに刀を離しにくくなります。

鍔と切羽は,実質的には同一視できますから,この 「鍔迫り合い」 は 「切羽迫り合い」 と言いかえてもいいくらいです。

つまり, 「切羽詰まる」 の 「詰まる」 は,刀が鞘から抜けなくなるという意味での 「詰まる」 ではなくて,鍔迫り合いの状況から抜け出せなくなるという意味の 「つまる」 と考えたらどうでしょう。将棋で王将が身動きできなくなることも 「詰まる」 です。犯罪者が逃亡を謀っても,大勢の警察官に逃げ道を塞がれて追い詰められる場合の 「つまる」 です。

このように, 「つまる」 の発想を変えてみると,これまでよく分からなくてモヤモヤしていた疑問が解消されるのですが,いかがでしょうか・・・・・。


[追記2]  2020.05.29

最近入手した本に,これまでの (つまり,上に書いてきたような) 説明とは違う観点から 「せっぱつまる」 を解説して書いてありました。

「せっぱつまる」 とは,刀を強く握りしめて,今に抜こうとしている状態といっています。その状態というのは,つまりは,追い詰められた状態ということで,それが 「せっぱつまった」 状態を言っているというのです。

これまでの,ワケの分からない説明に比べれば,納得度はかなりあがりますが,それでも,まだ,なんだかなあ・・・・・・です。

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** 《参考図書》 **

記号-番号 については,

《参考図書》 リスト
http://mobility-8074.at.webry.info/201606/article_35.html

を参照してください。

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この記事へのコメント

スケッチブック30
2020年04月24日 22:25
私は建設業に居ましたが、坑道の先端を切端(キリハ)と言います。ウキペディアで切端は切羽という字を書くこともあると知りました。坑道の先端に追い詰められれば動きが取れません。切羽(キリハ)に追い詰められるとの意味で使っていたのに、字が同じなので発音も変化し、切羽(セッパ)詰まると言うようになったのではないかと、感じました。
ただし私は音韻とかは全くの素人ですので、思い付きとお考え下さい。
ナッシー
2020年04月25日 07:47
スケッチブック30 さん

丁寧なコメントありがとうございます。
私の記事の本文に書きましたように,どの参考図書も,刀の 「切羽」 と解釈していますが, 「切羽つまる」 の説明に,私としては納得しかねています。
それに比べると,坑道の 「切端 (きりは) = 切羽」 と解釈した方が, 「切羽つまる」 ということばの本来の意味の説明がつきますね。
私も,言語とか音韻などについては素人です。でも,専門家の言うことが必ず正しいとは思っていません。
貴重なご意見,ありがとうございました。

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