語源 【一炊の夢】

私は昭和 18 年 (1943) 生まれです。つい先日,76 歳になりました。
もうそろそろ,人生の幕を閉じてもいい時期になってきました。

小学 5 年か 6 年の時だったと思います。学校で何かの授業で,日本人の寿命がどんどん延びているという話の流れで,先生が 「キミたちは何歳まで生きたいか」 と聞いてきました。その頃,授業で積極的に手をあげて答えるような私ではなかってのですが,先生が気をきかせて,私を指名してきました。

私は慌てて, 「ボクは 50 歳まででいいです」 と答えてしまいました。

そう・・・・,私は自分の予定の寿命をとっくに過ぎて,それ以後,26 年もの余生を送ってきているのです。 「余生」 って, 〈余分な人生〉 のことですよね・・・・。


それは,まあ,置いておいて, 70 年以上も生きてきたわけですから,それなりに長い人生のようにも思えますが,でも,小学生の頃のことを思い出すと,ついこの間のことのようにも感じることがあります。

幼稚園で,となりの席の意地悪な子に,故意に弁当箱をひっくり返されて,床に飛び散ったご飯をかき集めて,涙をこらえて食べた光景なんか,今でも,テレビドラマを見ているかのように鮮明に思い浮かんできます。

中学 2 年の時, 1 年の時に同じクラスで仲がよかったヤツにちょっとからかわれて,腹がたったので,思わずソイツの顔面に 1 発パンチを入れてしまいました。それを見ていた柔道部のヤツが, 「お前,アイツ,副番長だぞ。知らなかったのか。きっと仕返しされるから,気をつけたほうがいいぞ」 と言って,それからしばらくの間,私が下校する時に,同じクラスのサッカー部,剣道部や,図体のデカい連中が 5 人ぐらいずつ交替で,私のボディーガードについて,家まで送ってくれました。そんなことも,つい先日の出来事のように思い出します。

高校へ通学する朝,いつも決まった場所ですれ違う私立の名門女子校の美人の女の子を意識するようになりました。そのうち,彼女のほうもこちらを意識していると感じるようになりました。3カ月ほどたって,思い切って,すれ違いざまにこちらから会釈してみました。なんと,彼女も会釈を返してくれました。さあ,それからの毎朝の楽しかったこと・・・・・。といっても,一言もことばを交わすことなく, 1 年ちょっとで,私の卒業によって,楽しいすれ違いも自然消滅になりました。彼女の顔は, 50 年近くたった今でも,あの美人の女子高校生のまま,鮮明に思い出せます。


・・・・・ というように, 70 年, 80 年という長いはずの人生も,過ぎ去ってしまって思い返してみれば,あっという間の短い人生のようにも思えるものです。

そのような,人の世の栄枯盛衰のはかなさを例えて 「一炊の夢」 ということがあります。


この 「一炊」 とは, 〈ご飯が炊き上がるまでの,ほんのわずかな時間〉 という意味です。

つまり, 「一炊の夢」 とは, 長い人生の間に,よかったことや悪かったことなど,いろいろなことがあったことでしょうが,そんな人生も終わりに近づいて振り返ってみれば,ご飯を炊いている間に居眠りしてみた夢みたいにはかなく,虚しいということの例えとして使われることばです。


このことばの原典は,中国の沈既済(しんきさい) という人が書いた伝奇小説 『枕中記 (ちんちゅうき) 』 の中の故事によるものです。

唐の時代に,盧生 (ろせい) という貧しい若者が立身出世を果たそうとして,故郷を離れて楚の国へと旅立ちました。その途中で,趙の国の邯鄲 (かんたん) という町に宿をとりました。盧生は,その宿の主人の呂翁 (ろおう or りょおう) に,自分の不甲斐ない身の上などの不平不満をこぼしました。すると呂翁は, 「これから,あなたの食事の用意をしましょう。私が黃梁 (こうりょう : 粟飯) を炊く間,この枕で一眠りしなさい」 と枕を差し出しました。その枕を使うと,思いどおりの出世の夢がかなえられると言いました。

さて,その枕をしいて昼寝に入ると,夢の中で,科挙 (出世コースの国家公務員試験のようなもの) に合格し,知事の娘と結婚し,見事に出世街道を進みはじめました。途中で,彼を妬んだ人たちの陰謀で失脚しそうになりましたが,それも乗り越えて,ついには趙の知事にまでのぼりつめ,それから 50 年以上にわたって,栄華をきわめました。

そこで,眠りから醒めると,実は呂翁の黃梁はまだ炊き上がっていませんでした。

つまり,夢の中での 50 年以上にわたった自分の栄枯盛衰の生涯も,実はご飯も炊き上がらないくらいのわずかな時間の出来事だったわけです。


盧生は,そこで立身出世のはかなさ悟り,そんな夢を捨てて故郷へ帰っていきました。


このことばは,ほかにも 「盧生の夢」 「邯鄲の夢」 「黃梁の夢」 「邯鄲の枕」 などいろいろな言い方がありますが,私はやはり 「一炊の夢」 が最も当を得た言い方のように思います。

なお, 「一睡の夢」 と書かれることがありますが,まあ,確かに 〈一眠り〉 の意味は含まれますが,こういう故事にもとづくことばは,やはりその故事をくんで 「一炊」 と書かないと間違いになります。

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** 《参考図書》 **

記号-番号 については,

《参考図書》 リスト
http://mobility-8074.at.webry.info/201606/article_35.html

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