語源 【へちま / 山の神】

 昔は,へちまは食用の野菜の一つだったといいますが,昭和 18 年生まれの私はへちまは食べたことがありません。

 私の知っているへちまは,台所の 〈たわし〉 としてのへちま,風呂場の 〈垢こすり〉 としてのへちまでした。

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 現代では,もうほとんどみかけなくなった 「へちま」 の語源など,どうでもいいことかもしれませんが,語源の発想としてはとてもおもしろいので,ぜひ紹介しておきたいと思います。

 へちまは,昔は 「糸瓜 (いとうり) 」 と言っていました。なぜ 「糸瓜」 かについてはいくつかの説がありますが,〈へちまたわし〉 でも分かるように繊維質が多いので,という説が納得しやすいように思います。

 「いとうり」 が,やがて [い] が省略されて,「とうり」 と言われるようになりました。

 さて,ここからが語源としてのおもしろさです。

 いろはにほへとちりぬるを・・・・・・・・  例の 『いろはうた』 です。

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 「とうり」 の [と] の前後に注目 !!

 [と] は,[へ] と [ち] に挟まれています。つまり [へ] と [ち] の間にある。 [へ] と [ち] の間 (ま) にある。

 [へ] [ち] の[間 (ま) ]  →  「へちま」 となったのです。

 とんちみたいな,ことば遊びみたいな語源です。

 
似たようないきさつを語源とすることばは,ほかにもあります。

 これも,今はほとんど聞かなくなりましたが,「奥さん」 「奥方」 のことを 「山の神」 と言ったりしました。

 『いろはうた』 の後半の方に  ・・・・・ うゐのおくやまけふこえて ・・・・・  とあります。

 [おく] は [やま] の前にある。昔はタテ書きだったから,[おく] は [やま] の上にある。

 つまり,[おく] は 「山の上 (かみ) 」 である。 この [上 (かみ) ] を [神] に置きかえて 「山の神」 にしたのだといいます。

 ことばができるいきさつなんて,こんなものです。すべてのことばが,仰々しい大義名分を伴ってできるとはかぎりません。江戸時代の人たちは,こういった遊び心を重視していたという証 (あかし) でもあります。

 それを考えると,現代でも,遊び半分でできたことばが,多くの人に受け入れられれば,世の中に定着して,後世まで長く生き残る 〈正当な〉 市民権をもったことばとなる可能性はあるでしょう。


[追記 1]  2017.05.04

「かみさん」 「山の神」 について,別の説を書いた参考図書がありました。

「山の神」 は,上に書いたような 『いろは歌』 からのトンチみたいなことではなく,本当に 「山の神様」 が語源だというのです。

日本では,古来,あらゆるものに神が宿ると考えられていました。

山にも神がいるとされていました。普段は静かな山が,天気が荒れて,土砂崩れを起こしたり,川が氾濫したりするは,山の神が機嫌を損ねたためだと考えたわけです。

それを,恐妻家の夫が,自分の 「かみさん」 に例えて 「山の神」 と言うようになったということです。


[追記 2]  2017.07.29

「山の神」 の語源について,すぐ上の 2017.05.04 の [追記] のように,山の神という神様が存在するのですが,別に存在する里の神がたいへん美人であるのに対して,山の神は容姿が醜かったことから,自分の妻を謙遜して 「山の神」 と言った,とする説もありました。


[追記 3]  2019.09.18

2019.09.17 に,松﨑修さんから,上の記事に書いた説に疑問をもっている旨のコメントをいただきました。

松﨑さんは,ご自身の著書 『食文化雑学』 (文芸社) で, 「ヘチマ」 について,次のようなことを書かれています。

中国では, 「へちま」 はいわゆる 「黒胡麻」のことで,それを意味する 「黒芝麻 (ヘィチマ) 」 を日本人が 「ヘチマ」 と聞きとってしまったことからの混乱が生じ,糸瓜 (いとうり) と黒胡麻を使った料理,例えば 「ナーベラー田楽」を 「ヘィチマ田楽」 などと言ってたいものが,いつの間にか, 「ヘィチマ」 が糸瓜のほうを言うことばと勘違いされてしまい,ここに 「糸瓜」 = 「ヘィチマ」 「ヘチマ」 の取り違えが起こってしまったのではないか。

というような内容です。

語源というのは,よほど確固たる根拠でもないかぎり,一つの説を定説とするのは難しいと思います。そういう意味で,これまで,ほとんどの辞典や本が, 「いろはうた」 からのトンチ説を載せているのが,かえって不自然なのかもしれません。

松﨑さんの説は,貴重なご意見ですので,ここに紹介させていただきます。さらに詳しいことを読みたい方は,松﨑さんの本を直接にお読みください。

松﨑修 「原語から考えるホントの語源 食文化雑学」 文芸社


[追記 4]  2019.10.13

松﨑修 様から,上の 「追記3]で紹介した 「原語から考えるホントの語源 食文化雑学」 を入手できない方のためにと,ご自分のブログに書かれている同様の内容の記事を紹介してくださいました。

下の 松﨑修様の,2019.10.12 のコメントをご覧ください。

------

** 《参考図書》 **

記号-番号 については,

《参考図書》 リスト
http://mobility-8074.at.webry.info/201606/article_35.html

を参照してください。

A-01 A-02 A-03 A-53
B-01 B-02 B-03 B-03-2 B-04 B-05 B-12 B-17 B-17-2
B-26 B-27 B-32 B-33(1) B-33(6) B-52 B-70
C-02 C-07 C-27 C-34 C-39(3) C-39(4) C-43 C-51(3) C-55
C-57(2) C-72 C-75 C-78 C-79 C-83 C-84 C-86
D-22 D-23 D-28
J-01 J-06 J-11 J-12
X-11 X-37

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この記事へのコメント

松﨑 修
2019年09月17日 08:06

ヘチマは江戸時代前に中国から日本にはいったのでしょう。
どこにでも書かれているこの語源説を疑問の思っているのです。
https://blog.goo.ne.jp/matsuzaki_o-zatugaku/e/ed22391b69edec7037a38a745381d6fe
これをご覧ください。著書にもなっています。「原語から考えるホントの語源・食文化雑学」2015。松﨑修 文明社
 
 この本が入手できなければ無料で差し上げます。
ナッシー
2019年09月18日 08:25
松﨑 修 様

コメント,ありがとうございます。

まず初めにお断りさせていただきます。私は言語学や国語学の専門家ではありません。ただ,語源というものに興味をもって,その関係の辞典や図書を買い集めているうちに,自分だけの知識にしておくのはもったいない,と思うようになって,「ナッシーの語源帳」 というブログを起こして,ほかに興味のある方に紹介することにしたわけです。

ですから,私が書いている記事は,私の持論・自説というわけではありません。私が読んだ何冊かの内容を,私なりに要約して書いています。

問題の 「へちま」 ですが,松﨑様がご指摘のとおり,ほとんどの辞典・図書が 「いろはうた」 からのトンチのような説を取り上げていますので,私の記事もそれに従って書いています。

ただ,私も,ことばの語源というのは,どれか一つの説を定説と決めつけることは難しいように思っています。ですから,ことばによっては, 「いくつかの説」 がある場合には,できるだけその 「いくつかの説」を紹介するように努めてはいます。

で,実は,松﨑様の 『食文化雑学』 (文芸社) は,たしか 2 年ほど前に,アマゾンで見つけて購入していました。

私としましては,早速, 「いくつかの説」 の一つとして,追記しようと思っていたのですが,多分,その頃に起こっていた私の家のちょっとしたトラブルの対処に追われていて,そのことを放置したまま忘れてしまったようです。

たいへん申し訳ありませんでした。

今回,改めて [追記 3] として紹介させていただきました。

貴重なご意見をありがとうございました。
ナッシー
2019年09月29日 09:54
松﨑 修 様 (2)


2019.09.17 の松﨑様のコメントについて,09.18 に返事をさせていただきましたが,その後も,やはり “ 2 年ぐらい前に,松﨑さんの本を読んで,すぐに [追記] で紹介したはずだったけどなあ・・・・” と気になっていていました。

私は,この 『ナッシーの語源帳』 の下書き原稿をパソコンに保存していますので,過去の下書きを検索してみましたところ,やはり 2018.06.11 に, [追記3]として書いた下書きがありました。

それを,先の返信コメントに書きましたように,ちょっとしたトラブルがあって,その下書きをアップロードし忘れたままになっていたようです。

まあ,その時に書いた追記も,今回の [追記3]とだいたい同じような内容ですが,念のため,2 年前の下書き追記をコピーさせていただきます。

[追記 3]  2018.06.11

「へちま」 は 『いろはうた』 からのトンチのようなことからつくられたことばだと書きましたが,この語源説を真っ向から否定している本がありました。

『いろはうた』 のトンチからというのは,江戸時代に入ってからつくられたというのが定説になっていますが,実は 「へちま」 ということばは,室町時代あたりにすでに言われていたことばだというのです。

で,その本では, 「へちま」 は 〈黒ごま〉 のことではないかとしています。

中国では, 「ごま」 は一般的には 「胡麻」 と書きますが,ある時期からは,何通りかの表記がされるようになり,その一つに 「芝麻」 というのがありました。この 「芝麻」 は, [チマ] あるいは [チイマ] と読まれました。で, 「黒芝麻」 は [ヘィチマ] と読みました。

それが,何かの間違い・勘違いで, 「黒芝麻」 のことをいう [ヘィチマ] が, 「糸瓜」 のことをいうことばに入れ替わってしまったのではないかというのです。

なぜ,そんな勘違いが起きたのかについては,はっきりは分かりませんが,一つには,九州や沖縄地方の 「ナーベラー田楽」 という料理が,この間違いの元ではないかとしています。

その 「ナーベラー田楽」 というのは,糸瓜を厚く切った上に黒ごま味噌を塗ったものです。

本当は,その黒ごまのことを 「ヘィチマ」 と言ったのに,いつの間にか下の糸瓜のことを 「ヘィチマ」 と言うようになってしまったというのです。

私としては, “起こり得る勘違い” に思えて,たいへん面白く読みました。

--- 以上です。ありがとうございました。

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