語源 【敬う (うやまう) / うやうやしい】

昭和 18 (1943) 年生まれの私は, 1 カ月ほど前に 76 歳になりました。

たいへん残念なことですが,私は,これまで,自分を立派な人だと思ったことなど一度もありませんでした。

その最も大きな理由は,自分が誰かを尊敬したことがない,人を敬 (うやま) ったことがなかったことです。

あ,いや・・・・,別に,自分が偉ぶっていて,ほかの人を見下していた,というわけではありません。


私の両親は明治生まれでしたから,私は,父親が 40 代の半ばの時に生まれたことになります。ですから,私が小学生の頃,父はすでに50 代でした。

親不孝者の私は,子どもの頃,親を尊敬していたという意識も記憶もありません。

私が大学生になった時には,父はもう 60 代に入っていたわけです。家は写真館という商売でしたから,定年というものがあるわけではありませんから,家の商売はまだ父が中心で,私の長兄が一緒にやっていました。

私は家を離れて下宿生活をしていましたから,学費や生活費を仕送りしてもらっていましたから,そういう面で父や長兄にすまないなあ,とは思っていましたが,それは 「敬う」 という意識とは違うものでした。

小学校から大学まで,何人もの先生に出会い,接してきたわけですが,申し訳ないのですが,大学で最後に接した先生以外の先生に対して,尊敬の念をもったことはありませんでした。

私は大学の学部を 5 年かかって卒業したのですが,その 5 年生の時に新しく赴任してこられた教授と助教授の 2 人の先生に対して,初めてその人間性というか,人格というか,それまで周りの人に感じたことのなかった 〈すばらしい人だ〉 という感情がわいてきました。

その後,私が社会人になって,いろいろな人たちと接するにあたって,その 2 人の先生の影響が,なんらかの形で大きく働いたことは否定できません。


さて,その 「敬 (うやま) う」 の語源ですが,古語の 「ゐや」 がもとになっています。

古語辞典に 「ゐや」 という見出し語が載っています。漢字の表記は 「礼」 で,つまり 〈礼儀〉 を意味することばです。

「うやまう」 の 「まう」 は, 「振る舞う」 「見舞う」 などの 「舞う」 と同じで, 〈直前のことばの動作をする〉 ことを意味します。

つまり, 「うやまう」 は 〈礼をもって,人と接する〉 ことであり,そこから,特に 〈目上の人を大切にする〉 という意味になりました。


「うやうやしい」 ということばは,この 「うやまう」 の 「うや」 を重ねて強調した形容詞です。


なお, 「うやまう」 の 「うや」 から 「おや (親) 」 ということばが派生したとする説もあります。そう考えると, 「敬う」 の一番の対象はやはり 〈親〉 なんでしょうね。


また, 「うやまう」 とは,相手を大事にして 〈もち上げる〉 ことでもあります。現代語で 「もちあげる」 というと,何だか 〈よいしょする〉 ニュアンスになってしまいますが,もっと純粋に相手を高いところに上げて尊敬する意味に解釈しましょう。


よく,上の立場の人から何かをいただいた (貰った) 時に,その物を両手に乗せて,自分の頭より高く持ち上げるようにして捧げる格好をします。

そんな時, 「うやうやしくいただく」 という表現をします。やはり 「うやまう」 は 〈もち上げる〉 意味も含んでいるようです。

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** 《参考図書》 **

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http://mobility-8074.at.webry.info/201606/article_35.html

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